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Brief25 「きれいな爪」:さあ、マニキュア修業へ
さて、メークの話も今回で終わりです。
今回は、顔以外で、唯一メークと呼べる作業をする部位、爪についてです。つまり、マニキュアの話です。
もっとも、マニキュア manicure という言葉自体は、手を表す接頭辞 mani に、医療・治療という意味の cure がついているわけですから、本来はメークというよりネールケアという方が正しいのでしょう。実際、マニキュアは、オシャレとは関係なく、痛んだ爪を修復する医学的な技術として始まったようです。今でも、プロ野球の投手とか、クラシックギターの奏者にとって、マニキュアは仕事の必需品です。
また、爪は健康のバロメーターとも言われます。デコボコがなくきれいなピンク色の爪は、若さと健康を印象づける記号であるわけです。そう見せるためにもマニキュアが行われるようになり、やがてそれが、オシャレに転化していったのでしょう。
そういう意味では、真っ赤なマニキュアをはじめ、藤色や紫、ましてや緑や白、黒などのマニキュアは、本来は邪道なのでしょう。
とはいえ、そんなネールケアの歴史の中で、ピンクから赤にかけての色を中心に、さまざまな色のマニキュアが、「女」を表す強烈な記号になってきたのはたしかです。
それに‥‥
マニキュアを塗るという行為は、口紅を塗るのと同じような、どこかワクワクする感じのあるものです。女装の醍醐味のひとつであることはまちがいありません。
というわけで‥‥。マニキュアをするには、やはり、ある程度爪は長い方がいいでしょう。
先がきれいに整えられた長い爪にしてこそ、手や指のフォルム全体の中で指先が強調され、美しく見えるのです。爪が短くては、効果は半減します。特に、指が太くて手の幅も大きい男の場合、短い爪にマニキュアだけすると、かえってそんな弱点を強調してしまうことになりかねません。
私の場合は、これまで、衝動的に女装したということはなく、かなり以前から計画して事を進めました。ですから、3・4週間前から爪を切らず、伸ばしていました。しかし、職業などによっては、そうはいかない人もいるかもしれません。
そんな方にはフェイクネール、いわゆるつけ爪という手もあります。本来の爪の上にきれいな爪の形をしたチップを貼りつけるわけです。
コスメ専門店に行けば、その上にあとでマニキュアを塗る白いもの、すでに色がついたもの、いわゆるネールアートが施されたもの、また、セット売りからばら売りのものまで、大きさや長さをかえたさまざまなフェイクネールがそろっています。値段もそんなに高いものではありません。
ただ、そもそも女性用にできているフェイクネールは、全体に幅が狭く、指の太い人にはやはり無理があります。人並み以上に親指が太い私などは、はなからあきらめるしかありませんでした。
爪をある程度伸ばしたとして、マニキュアを塗る前には、爪の先の形を整えなければなりません。
おしゃれな女性は爪を切ったりせず、ネールファイルと呼ばれる専用のヤスリで、日常的に形を整えているものです。でも、女装の場合そうもいきませんから、ふつうの爪切りで先の形を作り、そのあと、やはり爪切りについているヤスリで角を取っておけば、とりあえずは問題ないでしょう。
しかし、きれいな形を作ること、特に、10本の爪すべてを同じような形に仕上げるのはけっこう至難の業です。1本でもおかしな形にしてしまうと、それを修正するためにさらに切り込まなくてはならず、その上他の爪もそれに合わせていくと、結局最後には、爪を伸ばしたことがなんの意味もないことになってしまいます。慎重にやってください。
どんな形に整えるかは、好みにもよります。先の方を細めにしてとがった感じにするのか、丸くするのか、あるいは四角を面取りしただけのような角張った感じにするのか‥‥。流行としては、2・3年前から四角い感じが増えていましたが、最近また、元に戻ってきているようです。
さらにこのあと、爪の付け根のところにある甘皮が大きい人は、オレンジスティック(材質の柔らかなオレンジの木でできているのでこう呼ばれます)という細い木の棒で甘皮を押し込む作業が加わります。まあ、これも、綿の部分を半分くらいに取り除いた綿棒などで代用できるでしょう。私の場合は、甘皮がほとんどないので、この作業は省略しています。
さて、いよいよマニキュア、正確にはネールエナメルを塗ることになりますが、いちばんの注意事項は、当然、爪からはみ出さないようにすること。特に、赤の強いエナメルが爪の横の肌などにつくと、あとあと始末の悪いことになります。
とはいえ、余白を残さず爪の縁ぎりぎりまで塗らなければならないこともたしかで、この作業も慎重を要するものです。
しかしまた、かといって筆先を迷わせ行ったり来たりさせると、とたんに塗った表面にデコボコができたりします。ゆっくりでいいですから、爪の付け根から先に向かって、一気に筆を運ぶようにしてください。
これは、そうとう肩が凝ります。
左手の指に塗る時は、利き手が使えるのでまだいいのですが、右手に塗るのには、どうしても、ふだんそんな細かな作業に慣れていない左手を使わなければなりません。さらに、先に左手を塗っていたりすると、すでに塗ってある爪が乾く前に他の部分に触れ、塗りあとが崩れてしまうようなことも起こります。そうならないよう注意を払うことも必要です。
やっていると、思わず手がふるえ、「俺はなんでこんな馬鹿なことをやってなきゃならないんだ」と自分自身に対する怒りさえ湧いてきて、途中で放り出したくなると思います。
まあ、そこは、目の前の作業に集中して、がまんがまん。
しかし、さらに追い打ちをかけて言えば、通常、この作業は左右2回繰り返さなければなりません。
エナメル自体の透明度にもよるのですが、デコボコができない程度に伸ばして塗った場合、一度では本来の爪の色を完全にカバーできません。まだらになった感じで、下の爪の色が透けて見える部分ができるはずです。それが乾いたあともう一度塗って、はじめて均一できれいな爪ができあがるのです。
先ほどもちょっと触れましたが、この乾かす時にも注意が必要です。
これもエナメルの材質によりますが、通常、エナメルが完全に乾ききって触れてもだいじょうぶという状態になるまで10分程度はかかります。その間は、あまりごそごそと余分なことはせず、じっと待っていてください。人間は、起きている時はのべつ幕なしに手を使っている動物です。待ち時間に何かをしようとすれば、かならず爪がどこかに触れます。その上、こういう時にかぎって、額から降りてきた髪が気になったり、どこかがかゆくなったり‥‥。ここは、心を落ち着かせ、音楽でも聴いて(でも、ステレオのスイッチはマニキュアを塗る前にね!)のんびり待ちましょう。
手がすんだら、次は足の爪、つまりペディキュアです。
‥‥おや? そんな、ため息をつかないで。
こちらは、手よりは気楽に考えてだいじょうぶ。
足の爪は、ペディキュアのために伸ばすようなことはしませんし、ストッキングや靴も履きます。それに、そもそもそんなにじっと見られる場所でもありません。
多少、塗り残しがあろうが、塗った面がデコボコしていようが、とりあえず塗ってあれば、ペディキュアをしているという女の記号は身にまとえます。
手の方を乗り切ったあとなら、そんなにむずかしくはないでしょう。まあ、適当にやってください。
しかし、いずれにしても、マニキュアが、初心者にとっていかにたいへんな作業かはわかっていただけたと思います。
あなたもたぶん、初めての時は、何度となく失敗するはずです。
失敗したら、潔くリムーバー(除光液)でふき取り、もう一度最初からやり直してください。
そんな難行苦行を経ずして、マニキュアの技を極めることはできません。
しかし、そんな苦しい修業(?)ののち、納得いくようにマニキュアが塗れた暁には、まちがいなく達成感が得られ、おまけに人生観まで変わります。
私は自分でやってみて、こんな作業を数日に一度の割で平然とこなしている女性に対し、尊敬と共感の念をいよいよ深めることになりました。
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